はじまり -水俣
1934年、秀島は、水俣に住む貧しい家庭に生まれ、身体も小さく、ひとりで絵を描いたり、川や海で釣りをしたり、近所の女の子たちと人形遊びをするような幼少期を過ごしました。中学卒業後、経済状況から高校への進学は望めず、映画館に続いて米屋に就職するものの馴染めず、16歳で無職となった時に、美術教師の長野勇が無料で行っていた画塾に通いはじめ、水彩画を学びます。ここで石牟礼道子に出会い、生涯にわたって姉と慕うようになります。その後、長野の計らいで母校での事務補助職員に就職し、校長の許可をもらって勤務時間の合間にペン画を描く生活が始まりました。1953年、19歳の時に第1回熊本県水彩画展に《静物》を出品、最高賞に選ばれました。この時期は、画業の礎の時期にあたりますが、生涯を通じて取り組む静物画、風景画、肖像画、「口をたてに大きく開けた人物像」のモチーフがすでに表れています。







